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映画『スネーク・アウタ・コンプトン』評価・ネタバレ感想! 内容地獄と吹替地獄のダブルパンチ

スネーク・アウタ・コンプトン(字幕版)

 

ラッパー軍団が凶暴な巨大蛇から町を救うというハチャメチャなおバカ映画。CGのクオリティも登場人物のIQも低い。頭を空っぽにして楽しめると言えば聞こえはいいが、個人的にはあまりのくだらなさに辟易してしまった。とりあえず下ネタならウケるだろうという浅はかな考えが見え見えで、全編にわたって非常に下品。キャラクターも全員バカなため、深みなどは全くない。一応序盤のやり取りがラストシーンで効いてくる仕掛けはあるのだが、やはりどうにも中途半端。バカバカしい映画というのは数多くあるが、これはバカの方向性が下ネタ一辺倒なので、それを受け入れられない人はキツいかもしれない。

 

そもそも巨大蛇が登場する理由すら、いじめられっ子がアソコをデカくするための巨大化ビーム装置を開発し、実験として蛇に照射したところ不具合でどんどん巨大化してしまうというくだらなさ。真っ当な制作陣ならまず思いつかないし、思いついても実際に作品にはしないだろう。巨大化し逃げ出した蛇は町中の人々を襲う。といっても見た目が蛇でその上安っぽいCGなので、目を見張るような殺し方は特にない。絞め殺すか噛み千切るか丸呑みか、その三択である。物語だけでなく演出にもこれといった見どころがないのだ。

 

終盤では蛇を巨大化させたいじめられっ子が、自分だけが蛇を説得できると単身蛇に立ち向かうのだが、結果的にラッパー達への怒りを募らせ、蛇と一体化して人間を襲うようになってしまう。この展開はある意味斬新だが、ラストも結局蛇と見做され、主人公たちとの和解がないことはやはり気になる。確かに彼は品性に欠けたキャラクターだったが、それは他のキャラクターも同じこと。彼が自ら蛇と一体化する道を選んだとはいえ、大した説得もせず蛇殺害に注力することで、主人公たちの「町を助けられればどうでもいい」という傲慢さが浮き彫りになってしまう。そりゃあこんな奴らがいたらイジメも起きるわな、と。ただ、そこまで湿っぽいテイストの作品でもないし、命の重さがうんぬんかんぬんという物語でもないので、この辺りも気にしなければおそらく何も感じずに済んでしまう。

 

致命的なのが、映画の中で(おそらく)重要な要素である「ラップ」がいまいちピンとこない。これは私が吹き替えで鑑賞したことにも非はあると思うが、彼らのラップの良さが全く分からない。吹替版では「ゴジラ」や「ギドラ」といったキャラクターや「ありのまま」などの有名フレーズが主人公のラップに盛り込まれていたが、正直全く面白くない。ラップとして巧くもない。そもそも有名作品の名前やフレーズを出す必要すらない。ラップ以外でも、吹替版は非常に不快な要素がある。それは、単純に吹替声優の力量のなさだ。字幕版がどうかは知らないが、キャラクターの喚き方が非常に不快な上、いじめられっ子なんかはどうにも頭が痛くなるような喋り方をする。これが声優さん方のせいなのか、はたまた”バカ映画”の意味を取り違えた吹替監修のせいなのかは不明だが、とにかく喋り方や声質でウケを狙おうとする姿勢が非常に不愉快。

 

こういうバカ映画こそ(本当は全ての映画がそうあるべきだが)、原点をリスペクトして忠実に吹き替えるべきである。まして主人公たちがラッパーで、言葉を重視する職業ならば尚更だ。それなのに吹替版では日本人による「勝手な味付け」が加えられて面白味が損なわれているように思う。字幕版を観ていないのでもしかしたら吹替の方がマシなのかもしれないが、それでもラップのワードなどがかなり「日本向け」にされてしまっていることは否めない。こういった吹替問題は以前『テッド』でも話題になった。

 

『テッド』は、言葉を話す愛くるしいクマのぬいぐるみが数十年経ってオッサン化した、という物語。タレントの有吉弘行が吹き替えを担当し、その話題性から大ヒットして続編まで作られた。この映画は言わばブラックコメディのジャンルにあたるのだが、ここでも吹替の内容が物議を醸した。例えば主人公とテッドがケンカをする場面。吹替だと、主人公はテッドに対し「くまモンがよかったよ!」と言い放つ。当然ながら、アメリカではくまモンの認知度は日本ほどではない。これは日本で公開されるにあたって「分かりやすい笑い」を求めた結果のセリフだ。

 

確かに洋画のセリフが日本文化に馴染まないせいで、意味がしっかり伝わらなくなることもある。主人公の人生は全てあるテレビ番組のヤラセだったという内容の『トゥルーマン・ショー』という映画では、主人公が結婚式の写真を見て、妻が人差し指と中指を交差させていることに気づき驚くシーンがある。このサインはフィンガーズ・クロスと呼ばれ、「嘘をついている」ことを示すサインで、通例は相手に見えないように行う。交差した指は十字架を表しており、キリスト教文化が根強い国では一般的なサインだ。しかし、日本ではこのサインの意味はあまり知られていない。海外では観客が驚いたり疑問を持ったりする場面でも、日本人がポカンといういい例だろう。

 

そういったこともあるため、セリフを「日本人ウケするように」改変すること自体、間違っているとは思わない。しかし、大勢の人間が時間と労力をかけて作った作品を、ただウケるためだけに浅い考えで日本風にしていいのかということには疑問が残る。そこには当然リスペクトが必要だ。それは大作映画に限ったことではなく、こういったB級映画でも同じことである。

 

つまるところ私は、話の内容が酷いのに加え、鼻につく吹替のせいで全く楽しめなかった。バカ映画と言いながら、下ネタ一辺倒なのもつまらない。「下ネタなら誰でも笑うでしょ」という浅はかさが透けて見えてしまう。そこに妙な日本テイストを加えてくるわけだから、これはもうどうしようもない。約90分ほどしかないため、大して時間を取られなかったのが唯一の救いである。

 

 

 

テッド (吹替版)

テッド (吹替版)