バカラの歴史

カードゲーム「バカラ」の歴史は、中世のイタリアまでさかのぼると言われています。500年以上前、バカラは上流階級や貴族のためのカードゲームとして始まりました。現在では、3つのバリエーション(プントバンコ、ケミー、バカラバンク)があり、世界中のカジノで多くの人に遊ばれています。そして、日本人からの人気を集めているのです。

バカラの歴史

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イタリアで始まったバカラ

バカラ カジノの起源については現在でも議論がありますが、1400年代にイタリアでフェリックス・ファルギエールまたはファルギエリンという人物によって考案されたとする説が有力です。彼は、10とフェイスカードの価値がすべてゼロであることから、イタリア語で「ゼロ」を意味する「バッカーラ」と名付けました。(その後、フランス語の「baccarat」という表記が世界的に採用されます)。

イタリアのバカラゲームは、エトルリアの古い伝説に基づくと言われています。8か9が出れば、巫女に昇格し、6か7が出た場合は、生きることは許されますが、今後一切の宗教的行事や共同体の行事に参加できません。もし、6以下だったら、海に沈められ、溺死させられるのです。このような伝説からバカラというゲームのルールが生まれたのです。現在では、6より低い数字を出したら海に追放されるということはありませんが、ゲームでは負けてしまうことがほとんどです。

過去のルール

元のバカラゲームは、現在とは少し違った遊び方をしていました。カードは4人のディーラーによって配られ、プレイヤーはそれぞれバンカーになる機会があり、プレイヤーはハウスに対してだけでなく他のプレイヤーに対しても賭けをすることができたのです。現在では、ディーラーは1人で、賭けは一般的にハウスに対して行われ、ハウスもバンカーとして機能します。

プントバンコとは

時を経て、バカラゲームは海を渡り、南アメリカやカリブ海に移動しました。バカラはプントバンコと呼ばれ、様々な形で現地の文化に適応していったのです。主な変更点の1つは、プレイヤー同士が対戦するのではなく、ハウスとだけ対戦する、ということです。そして、カジノがバンカーとして機能するようになりました。このようなバカラは「アメリカン・バカラ」と呼ばれるようになりました。

このようにバカラは世界に浸透したことにより、それぞれの国や地域でローカルルールが作られるようになったのです。これにより、オンラインカジノではさまざまなバカラのバリエーションをプレイすることができます。

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