映画『シャザム!』感想! アメコミ映画の新たなる傑作! 福田雄一の吹替版など気にするな!

 

シャザム!(字幕版)

 

 

DCEUが遂にやってくれたぞ!

2013年の『マン・オブ・スティール』に始まったDCEUは、指揮を執ったザック・スナイダー監督のおかげというかせいというか、とにかく彼の作風を存分に発揮した非常にトーンの暗い重めな作品が2作続いた。その空気を打破するかと思われた『スーサイド・スクワッド』は脚本がてんでダメなのにキャラ立ちはサイコーという歪な映画になっていたし、『ワンダーウーマン』は高く評価されたものの、やはりどこかMCUへの劣等感のようなものを感じさせてしまう。ヒーローが一堂に会した『ジャスティス・リーグ』ですら、ツッコミどころが多く評価に困る始末。今後予定されていたバットマン単独作品の話も右往左往していたりと、映画だけでなく背景事情にも戸惑いを隠せずにいた。

 

 

 

 

 

しかし今年の2月に日本で公開された『アクアマン』がまさかの大ヒット。日本ではポスターのキャッチコピーが物議を醸したが、これまでのDCEUと明らかに違う明瞭な作品は遂に多くの人々を魅了するに至った。かく言う私も『死霊館』などでお馴染みのジェームズ・ワン監督が『アクアマン』を撮ると聞いてから心を躍らせていた1人。しかしいざ鑑賞してみると全く緩急がなく、相次ぐ急展開に翻弄され、驚きのない物語に全く関心を持てなかった。DCEUが『アクアマン』で新たな方向に舵を切ったことは明白だったが、その方向性は私の求めていたものとは違うのかと、かつては疎んでいた『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』を懐かしく感じることすらあった。

 

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そういった事情で『シャザム!』には全く期待していなかった。DCEUだし、予告観てもちょっと悪ノリが過ぎる感じだし、吹替版は作品へのリスペクトを欠くことで有名&私が最も嫌う監督である福田雄一だし。まあこれはあくまで日本のアプローチであるから字幕で観るのなら全く必要のない懸念なのだけど、それでも「そういう類の映画なのか…」という思いはあったわけで。

長くなりましたが要約すると、私はDCEUをほぼ惰性で追い続けていた上にシャザムの予告のノリにもついていけませんでした、ということ。そのため全く期待もしていなかったし、今のところDCEU全部観てるからこれもチェックしとくか…という義務感だけが私を映画館へと突き動かしていた状況で、まあお通夜案件だろうと低く見積もっていた。

 

大馬鹿でした。『シャザム!』はかなり好きなタイプのヒーロー映画。笑って泣けて、ヒーローものとしての芯も強固に作られている。トーンはやはりこれまでの作品と明らかに異なるが、DCEUの世界観でのネタをふんだんに用いることで連続性を保つことに成功していた。派手な色の全身タイツというだけで、『マン・オブ・スティール』のスーパーマンの衣装があんなに黒かったのは何だったんだとつっこみたくなる。世界観を崩して滑稽にならないような配慮をしてきたザック・スナイダーにあからさまな下克上を叩きつける真っ赤な全身タイツ。しかもコメディチックでティーンエイジが主人公のホームドラマ。誰もが好きなこの題材が、綺麗にまとめ上げられオリジナリティ溢れる傑作に昇華している。

 

ある理由で家族を失い養子として各地を転々として暮らしていたビリーが、「家族」と向き合い、「力」と向き合い、成長し、悪を倒す。突然スーパーパワーを手に入れた子どもという背景が本当に素晴らしく、バカバカしさと若々しさが見事にマッチしている。ティーンエイジが持つ煌めきと危うさの緩急がしっかりと演出され、コメディチックでありながら心の深い部分に巣食う闇にもきちんと言及する奥深さ。突然力を手に入れたビリーのおバカな行動を”笑い”のベクトルだけでなく、「スーパーパワーを持つ意味」として負のベクトルでも表現する。

ビリーの兄弟としてヒーローオタクのフレディが配置されているのもグッド。彼の存在や言葉が、力を遊び道具として利用していたビリーと対になっている。足が悪くいじめられっ子の彼にとってヒーローは最も憧れる存在。その力を手にしたビリーが悪ふざけばかりに力を使うことが許せないという絶妙なキャラクター。オタク気質のサポートキャラというと『スパイダーマン ホームカミング』にも登場していたが、こちらとは別の立ち位置。

 

 

 

何より訴えたいのが、アメコミヒーローには珍しく、シャザムには”変身”という概念があること。スーパーマンやスパイダーマン、キャプテン・アメリカを思い浮かべてもらえれば分かると思うが、アメコミのヒーローの多くは素で強い。正体を隠すため、あるいはチームや国の象徴となるために特徴的なヒーロースーツを纏っているに過ぎず、衣装や姿が変わるからと言って凡人に戻るわけではない。むしろ凡人に戻れずにいることが苦悩を生んでいるキャラクターもいる。しかし、このシャザムは普段は平凡な子どもで、「シャザム」と声に出すことでスーパーヒーローへと変身する珍しいタイプのアメコミヒーローなのだ。といっても、私はアメコミをそこまで読み込んでいるわけではないので統計を取ったらどちらが多いのかとか細かいことを聞かれると口をつぐんでしまう。しかし、映像化されたアメコミヒーローの多くは素で強い者か装着タイプである。

この違いは日本とアメリカの文化の違いとしても取り沙汰されることが多い。日本のヒーロー、仮面ライダーやウルトラマンは普段は人間の姿をしていて、「変身」と叫ぶかもしくはそれに準ずる合図や所作を行うことでスーパーヒーローに変わる。これは玩具を売りたいというスポンサーの意向も反映されているのだろうが、とにかく日本のヒーローと言えば「変身ヒーロー」なのだ。そういった意味でシャザムは日本の変身ヒーローの要素を含んでいる。変身しなくちゃ戦えないという面倒さは日本のヒーローに通じるものがあり、家族を守るため屋上から飛び降り「シャザム!」と叫んで変身という演出は、普段特撮ヒーロー番組に慣れ親しんでいる私の心を揺さぶった。しかも、変身前との対格差を活かして一度変身解除して敵の行動をすり抜けるなど、変身ヒーローという側面をうまく利用したアクションも含まれていて、もうこちらとしては感無量。変身の際に雷が落ちてきてそれが攻撃にもなるという演出もいい。

 

ストーリーは泣き所も笑いどころも山ほどあって語りつくせないのだけれど、私が一番心を打たれたシーンはビリーが母親と再開する場面。正直勘のいい人なら冒頭のビリーが母親と別れたシーンの時点で彼が母親に捨てられたことは分かる。しかし、そんな可能性を露ほども信じずただ母親に会うためだけに生きていたビリー。そんな彼が遂に再開した母親からあの日の真実を聞かされる。母親が遊園地の射的で手に入れたコンパスのキーホルダー。虎が欲しいと駄々をこねたビリーに母親は「道を示してくれる」とコンパスを持たせた。それをずっと大切に持っていたビリーが母親に渡すも、彼女はコンパスのことを覚えていない。これはなんだと問う母親に、ビリーは「母さんに必要なものだ」と返す。バカ映画のノリだけでなく、こういった辛辣さにもしっかりと触れる点がこの映画の素晴らしいところだ。

 

全体的にDCEUとは思えないほどの明瞭なトーンと完成度となっていた『シャザム!』。もし十代のうちに観たのならきっとこの映画を生涯ベストに挙げていたことだろう。それほどティーンの心をくすぐる痛快な娯楽作となっていた。それを踏まえると、やはり日本での宣伝方法には疑問が残る。確かに笑えるシーンは多くあるもののコメディ一辺倒ではなく、骨の太い作品なのだ。公開時期の近い某探偵マンガに寄せたキャッチコピーであったり、吹替版の監修に福田雄一を起用したりと、首を傾げる手法が多くとられており、そこは本当に残念である。特に吹替版に関しては、劇場では字幕で観れば被害はないが後に円盤化された際に一生それが残るのだ。ただの客寄せでは済まされない。せっかくDCEU自体が一般受けのいい方に流れてきているのだから、日本の宣伝もそこにリスペクトを感じるような手法をとってもらいたいものである。

 

 

シャザム!(字幕版)

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