映画『CURED キュアード』評価・ネタバレ感想! ゾンビを治療できるようになった世界での悲劇

CURED キュアード(字幕版)

最早飽和状態となっているゾンビ映画市場に一石を投じる作品が登場した。その映画を作り上げたのは初めて監督を務めるデヴィッド・フレイン。主演に『X-MEN』シリーズのエレン・ペイジを起用し、ゾンビとなった人々が治療薬によって回復した世界を描く。アイルランドとフランスの合作映画というだけでも異質だが、この斬新な設定が評判となり、日本公開時にも大きな話題になった。ゾンビ(この映画ではメイズウイルスの感染者)が治療で元通りになるというだけでもかなり異色の作品だが、元に戻った通称:回復者(キュアード)にはゾンビだった頃の記憶が残っている。つまり、人を殺したことを覚えているのだ。

 

物語の核を担うのは、回復者の一人であり、感染者になって最初に実の兄を食い殺した青年・セナン。兄の妻であるアビーに引き取られ、その息子と共に暮らすことになるが、セナンは自分が兄を殺したことをなかなか言い出せずにいた。そして、そこにセナンの友人を自称する男・コナーが現れて事態は急展開を迎える。

感染者が治療により元通りになると言っても、襲われて殺された人々までが戻ってくるわけではない。感染者により大切な人々を奪われた非感染者は、感染者を追い出すために日夜デモを起こしている。理不尽な暴力に晒された回復者たちも黙っていない。意識だけでなく元通りの生活も取り戻すために、国連や政府と戦うことを決意する。観る前は人間を殺してしまったことの葛藤を描く作品かと思ったが、意外にも登場人物が多く、回復者と感染者、そして一般人の関係は現実に蔓延る差別そのものだし、何よりコロナウイルスが世界で大流行している現代で直接的に「感染者」というワードが出てくることで、いろいろ考えさせられる映画になっている。

 

回復者だって感染していた当時は意識がないわけだし、殺してしまったものは仕方ないだろう、完治はしているし迫害するほどのものか?とも思ったのだが、セナンとアビーの関係性は夫を殺したという点でモロにその繋がりになっており、終盤にアビーがセナンを拒絶するシーンの重みが世界観に説得力を持たせる。きっとああいう形で回復者を受け入れられなかった人が大勢いたのだろう。実際このコロナ禍でも感染した人が罵られていることが多々あるわけで、そういう意味では非常にリアルな演出なのかもしれない。

 

どこまでも優しい男セナンは義姉であるアビーに兄を殺したことを伝えられないまま、感染者時代に出会ったコナーと接触する。実はこのコナーこそセナンを感染させた張本人で、彼の命令によりセナンは兄を殺したのである。兄を殺した悪夢に毎晩うなされ、社会に出れば迫害を受けるも、健気に生きていくセナン。彼があてがわれた仕事は、感染者の治療薬を開発した博士の助手だった。また、この博士も唯一国連に奪われなかった元恋人の感染者を治すことに腐心していた。一方のコナーは元々弁護士だったのだが、回復者になった後は清掃の仕事を言い渡される。何とかして再び法廷に立てないものかと父親に縋りつくが、母親の名前を出した途端に胸ぐらを掴まれて追い返されてしまう。おそらく彼は感染者となり実の母親を殺したのだろう。多くは語られないが、きっとコナーは弁護士になるために相当な努力をしてきたのだと思う。しかしその努力が水の泡になったことで、彼は社会への怒りを募らせていく。

 

感染者が軍に迫害されているのを見て、セナンは遂にコナーに協力する。無人の家屋に火炎瓶を投げ入れ、現体制に抵抗しようという作戦だった。しかし翌日、セナンはニュースを見て驚く。コナーが無人だと言っていたその家で火事による死亡者が出たのだった。結局コナーの元を離れアビーと甥との生活に身を置くようになったセナン。しかし、自宅を回復者を狙う者たちに襲撃され、家族を巻き込むことに恐怖を感じるようになる。そんな中、アビーに自分が兄を殺したことがバレて関係が悪化。兄を殺した犯人も感染していたのだから許すと言っていたアビーも、真実を知れば激昂したのだった。そして再びコナーの元へ戻るが、コナーが間違っていると気づいたセナンは彼をおびき出し計画を阻止しようとする。しかしコナーの暴走によりそれは失敗。結局、治療できなかった感染者を利用したコナーの反乱が始まってしまう。回復者であるため感染者から狙われないセナンは甥を探して町中を駆け回る。そしてコナーとの一騎打ちが始まるが、寸でのところで取り逃がしてしまう。最後はアビーと甥を引き合わせ、何とか事態の収束まで待とうと思ったが、自宅の前で甥が感染者に噛まれてしまう。甥を殺そうとするアビーを説得し、治療してもらうため、セナンは彼を担ぎ旅に出たのだった。

 

セナンの優しさと葛藤、アビーの包容力と怒り。丁寧に紡がれてきた感情が終盤で実を結び、奇抜な設定だけで終わらない感動を生み出している。感染者(ゾンビ)の設定も面白く、独自の方法で互いに意思疎通を図り人間を殺すか仲間にするか決めているというのが斬新だった。回復者は微量のウイルスが体内に残っているため感染者に襲われないというのも良い。話としてはかなり悲劇的で、取り返しのつかない後悔に塗れ、行き場を失った怒りが漂う陰鬱な世界なのだが、それでもセナンの優しさが観てるこちらの心を救ってくれるような、そんな美しい映画だった。最初はホラーというよりヒューマンドラマかなと思ったが、サスペンスの色もかなり濃い。

 

 

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