ミーアキャットスペース

主に映画、ドラマ、漫画などエンタメの感想・考察をだらだら書きます。

スパイダーバース公開の今だからこそ再評価してほしいアメイジング・スパイダーマン2という伝説

 

 

アメイジング・スパイダーマン2 (字幕版)

 

遂に公開されましたね~、「スパイダーバース」。あらゆる並行世界のスパイダーマンたちが一堂に会するというとんでもない作品でした。MCUも佳境に入り、未だにその人気を高めているMARVELが新たに進出したのは劇場アニメ分野。しかもアメコミの持つ要素をふんだんに用いることで、正に「アメコミの映像化」となっています。私はIMAXの先行公開で鑑賞したのですが、衝撃の出来。王道に回帰して話は分かりやすく、それでいて新鮮味は欠かさない。いやあ、MARVELという強固な地盤とスパイダーマンのブランド力を存分に堪能できる一作でした。まだ観ていない方は是非。

 

ところで、スパイダーマンが何度も映画化されていることを知っていますか? おそらくほとんどの方は知っていると思います。実写のスパイダーマン、映画自体は観ていなくとも存在を知らない方はあまりいないのではないかと。何せ今巻き起こっているアメコミブームの発端といっても過言ではないですから。

そんな記念碑的な作品がサム・ライミ監督の「スパイダーマン」です。X-MENという先駆者がいたとはいえ、まだアメコミ映画が今ほど一般的ではなかった時代。そんな時代に一石を投じたこの作品は大ヒット。続編も2作作られ、特に「スパイダーマン2」は、今でも名作と名高い作品です。「スパイダーマン3」についてはいろいろな意見もありますが、個人的には好きな映画です。

 

問題はライミ監督によるスパイダーマンシリーズが3作で終わってしまったこと。4作目も予定されていましたが、結局は3で幕を閉じ、続編は作られることがありませんでした。しかし、「ダークナイト」や「アイアンマン」の影響で再びアメコミ映画ブームが訪れると、スパイダーマンの版権を持つSONYも、新たにスパイダーマンをリブートしようと企てます。そして、その企画が実現したのがマーク・ウェブ監督による「アメイジング・スパイダーマン」。しかし、ライミ版3部作のファンからはかなりの酷評。「いいから4を作れ」という意見を何度目にしたことか。私自身、この「アメスパ」はレンタルで鑑賞したのですが、手放しでは喜べない内容。まあ、悪くはないです。おそらくアメコミ映画ブームの流れに落ち着いていればそこそこの作品として評価されていたと思います。しかし、ライミ版が偉大すぎました。明らかにライミ版との差別化を意識したイケイケなスパイダーマンは、人々の目には”斬新”には映らなかったようです。新たに作られたアメスパは、ライミ版の壁を超えることはできませんでした。

 

しかし、そんなアメスパも続編が作られます。評価が悪いとはいえ、スパイダーマン新作と聞けば、アメコミファンだけでなく一般層も観にきますからね。しかし、彼らの頭の中にあるのはライミ版なので、これまた比べられてしまうというカルマ。逃れられない宿命です。かくいう私、実は劇場でスパイダーマンを鑑賞したのは、この「アメイジング・スパイダーマン2」が初めて。そして私自身も、アメスパだしそこまでは面白くないだろうと諦観しており、弟の付き添いで仕方なく鑑賞した次第です。

 

しかし、それは全くの誤解!

なんとアメスパ2は大傑作でした。感動的な場面の数々を、弟が隣にいるからという理由で涙を呑んだことを今でも鮮明に覚えています。一応鑑賞前に予告も観ていったのですが、まあそのミスリードが素晴らしい。アメスパ2で大々的に宣伝されていたのは、ヴィランが3体現れること。エレクトロ・グリーンゴブリン・ライノ、この3人がスパイダーマンの敵として彼の前に立ちはだかるという内容でした。グリーンゴブリンには当時売り出し中の若手美形俳優デイン・デハーンを起用し、一般層へのアプローチもバッチリ。劇中でも彼のどこか陰のある面立ちは、見事にピーターの親友でありライバルでもあるハリーの心情とマッチしていました。

 

でも、世の中にはどうにもならないこともあります。アメスパ2、未だに評価が低いんですよ。まじかっていうか。いや当時の私は本当に驚きまして。こりゃ世界一の映画なんじゃないかってくらい舞い上がってたのに、ネットを見ればシナリオがよくないだのあのラストはないだの。いやいいんですよ。個人の意見なんで。こっちがどうこう言う資格はないんですけども。なんか、ここまで人間って隔たりがあるのかと落ち込みましたね。当時まだ高校生だったんで「お前らなんも分かってねえよ!」と心の中で噛みついていました。

 

で、こっからは私がアメスパ2を愛して止まない理由をただ書き連ねていきます。こっからが本題です。ネタバレもありますのでご注意ください。

 

①ピーター・パーカーとスパイダーマン

ヒーローものには付き物のテーマですが、スパイダーマンにはヒーロー活動以外にも日常生活があります。それが素顔=ピーター・パーカーとしての生活。1作目で、恋人のグウェン・ステイシーの父親を死なせてしまい、父親には「グウェンと離れろ」と言われますが、2の冒頭では何事もなかったかのようにイチャイチャイチャイチャ。しかし、ピーターがグウェンの父のことを気にしていないわけではなく、彼は戦いの最中でもグウェンの父の幻影を見るようになります。本心ではスパイダーマンの自分と付き合っていればいつかグウェンが危険にさらされる、離れなければならないと分かっていながらも愛するグウェンと別れることができずにいる。ライミ版と比較してかなりイージーな人生だとは思いますが、それでも彼なりに葛藤がある。

そして、グウェンのことで悩むピーターの前に、親友のハリーが現れます。彼は父親と同じ不治の病に侵されており、このままでは死んでしまうという悲劇的な状況に陥っていました。しかし、スパイダーマンの存在を知った彼は、その正体がピーターだとは知らずにスパイダーマンに接触し、血液を提供してくれと頼みます。その血液があれば自分の病が治ると考えたのです。しかし、血液で病が治るとは限らないうえ、それなりのリスクも考えられるため、スパイダーマンはそれを拒否。これにより、ハリーはスパイダーマンを恨むようになります。ピーターは、親友を思うあまり、親友との仲を複雑にしてしまうのです。そして、救出活動の最中に出会った黒人の男性。彼はスパイダーマンのファンで、名前を呼んでもらえたことを喜んでいましたが、不幸な事故により電撃を操るヴィラン、エレクトロとなってしまいます。何が何だかわからずスパイダーマンに助けを求める彼ですが、すれ違いからエレクトロはスパイダーマンを敵と見做して攻撃。それに応じたスパイダーマンの活躍で、エレクトロは収監されます。そして、エレクトロは自分の尊敬していたヒーローを恨むようになるのです。

 

ここまでで分かる通り、エレクトロもハリー(グリーンゴブリン)もピーター=スパイダーマンに恨みを持つようになります。悪を退治する英雄として登場したスパイダーマンは、いつの間にか悪に狙われる存在になってしまう。そして、そのことはピーターのグウェンが巻き込まれるんじゃないかという危惧に関係してきます。1作目では純粋なヒーロー誕生譚が描かれましたが、アメスパ2ではヒーローとその狭間で揺れるピーターの葛藤が描かれているのです。

 

 

②予告の盛大なミスリード

 


2014/4/25(金)公開『アメイジング・スパイダーマン2』予告編

 

まずは上に貼った予告を観てもらった方が早いです。で、これなんですけどめちゃくちゃミスリードになってます。映画を観た方にはこの言葉の意味が分かると思います。

 

まず、この予告の途中でハリーがピーターに「オズコープ社は君を監視していた」というシーン。ないです。はい、全くありません。このセリフがないだけじゃなく、このシーンがごっそりありません。というか、ハリーがピーターに高圧的に迫るシーンすらありません。映画ではオズコープが最大の敵のように描かれていますが、話の核はそこではないし、この映画のハリーはもっと人間臭い。言ってしまえば、この予告は意図的に映画の内容を切り貼りし、さらに全く内容を変えてしまっているのです。

 

また、この映画における重要なポイント。3体のヴィラン。前述した通り、エレクトロとグリーンゴブリンとライノです、どれも上の予告で確認できますね。しかし3体出てくるとは言っても、手を組んで襲い掛かってくるわけではありません。順繰りに倒すのです。まあ、エレクトロとグリーンゴブリンは打倒スパイダーマンという目的を一にして同盟を組んでいるのですが、共闘するわけではありません。終盤、グウェンの協力でなんとかエレクトロ撃退に成功するスパイダーマン。しかし、そこに現れるのはスパイダーマンの正体を知り、グリーンゴブリンとなったハリー。グウェンを上空へと連れ去り、スパイダーマンを動揺させます。そして、彼への恨みを募らせたゴブリンは何のためらいもなくグウェンを放し、地面へと落とします。急いで駆けつけるピーター。手を伸ばすグウェンに対してウェブを伸ばしますが、間に合わず……。なんとかゴブリンを倒すものの、グウェンは死んでしまいます。これは①で説明した、ピーターの葛藤にもつながってきます。彼は分かっていたのです。自分の戦いに終わりはない、そして戦い続ける以上、親しい人々は危険に晒される。ピーター自身が標的とされることで、彼の危惧は早くも現実のものとなりました。

 

1でグウェンの父親に忠告を受け、幻影に悩まされ続けたにも関わらず、彼は戦いを甘く見て大切な人を失ってしまった。それを機に、スパイダーマンはしばらくNYから姿を消します。彼の活躍で犯罪率も低下していましたが、不在になればいとも簡単に悪は現れる。悪との戦いは終わらない。皮肉なものです。そしてNYの街に現れるのは、ピーターが映画冒頭で捕まえた男。彼はライノとなり、スパイダーマンのいないこの町で再び悪事を企てていました。何がすごいってこのライノ、あれほどヴィランが3体出てくるよと宣伝していながら、出てくるのはこのラスト数分なんですよね。これも予告でなされたミスリードの1つ。

ライノの襲撃におびえる人々。そんな様子を見かねて、スパイダーマンのコスプレをした一人の少年が彼の前に立ちはだかります。「スパイダーマンのいないNYは僕が守る」と、ライノに立ち向かいますが、実力差は明らか。親や警察が手を出せずにいるなか、ついに本物のスパイダーマンが現れます。いやあ、名シーン。エレクトロとハリーのキャラ造形に振り切ったような映画でしたが、このシーンで「やはりスパイダーマンの物語だったんだな」ということが分かります。少年に優しく語り掛け、ライノと激突するスパイダーマン。マンホールにウェブを放ち、くるくると回してライノにぶつける……!というところで、映画は終わります。ライノとの決着はつきません。まあ、スパイダーマンが負けることはないと思いますが。

ちなみに、この場面は予告でも印象的に使われていたシーン。つまり、予告やCMで何度も観たシーンで映画が終わるのです。というか、これがラストシーンだとか普通思わないでしょ……。そんな意味でも私には衝撃でしたアメスパ2。

 

 

最後に

まあぐだぐだと書き連ねましたが、要は「みんなアメスパ2を観てくれ! 観た人ももっかい観てくれ!」ということです。今は会社の垣根を越えてMCUに合流したスパイダーマン。新たにトム・ホランドを主演に抜擢し、よりコミカルなティーンエイジの物語が描かれています。「インフィニティ・ウォー」では大変な目に遭っていましたが、単独映画2作目も決定しているのでまだまだ活躍してくれることでしょう。それはうれしい。うれしいことですが、アメスパ2を忘れないでくれ! アメスパを黒歴史みたいな言い方はやめてくれ!

説明した通り、ヒーローと一般人としての境目で揺れるピーターの葛藤を描いた素晴らしい作品です。少なくとも私はそう思う。もしまだ未見の方がいたら(まあここまででだいぶネタバレしてしまってますが)、黒歴史なんて評価を鵜呑みにせずぜひ観ていただきたい。普通にアクションだけでもテンション上がるので! ぜひ!

 

 

 

 

 

 

 

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